ラ・ラ・ラ音楽祭の季節  〜高知新聞2004年9月15日(水曜日)〜
         
  
 高知街ラ・ラ・ラ音楽祭は、2002年9月に第1回目が開催され、今年で3回目を迎える音楽の「お祭り」です。野外にたくさんのステージを設け、ジャンル、プロ、アマなどにとらわれない様々なミュージシャンがそこで演奏を繰り広げる「お祭り」です。

この日、高知の街を歩いていると、必ずどこかから音楽が聞こえており、街全体を温かい不思議な空気が包み込む、そんな「お祭り」です。

 このお祭りの発端は3年前に遡ります。よさこい高知国体を翌年に控え、高知市でも職員をその年の国体を開催していた宮城県に派遣、視察をおこないました。

 丁度そのとき、仙台市の中心部「定禅寺通り」という大通りを中心にして「定禅寺ストリートジャズフェスティバル」というのが開催されておりました。500を越えるバンドが市内至る所に造られた野外ステージで演奏し、大勢の観光客で賑わう素晴らしいお祭りでした。

 それを見た高知市の職員の方がそのパンフレットを高知へ持ち帰り、ある人物に見せたのです。その人物は、高知のまちづくりに熱心に取り組み、音楽をこよなく愛する人物、堀田昌一郎さんです。

 堀田さんは、昭和40年代によさこい祭りに始めて「生バンド」を持ち込み、よさこい節以外の音楽を取り入れたエポックメーキングなチーム「青果の堀田」の中心人物でした。この行動がよさこいに「何でもあり」の風を吹き込み、今のスタイルに繋がってきたことは紛れもない事実です。しかし堀田さんは近年モンモンとしていました。

              
(吉澤&西濱氏)

 私と一緒に高知の夜の街を徘徊しては、よさこいの現状について不満をぶちまけ、雄叫びをあげていたのであります。イベント化、ショー化が進み、みんな同じような「ドコドコドコドコドコドコソイヤ!」が溢れるよさこい、利権渦巻くよさこいは、僕らあが本当に求めちょったもんとは違う!という思いを、酒を飲んでは語り合っておりました。

 高知のよさこいは、もっと、演るヒトも観るヒトも皆が一体になって一緒に楽しみ盛り上がるモンやないろうか、と。そこへ、このパンフレットが天から舞い降りて来たのです。「これや!これしかない!文ちゃん、やろうぜ!」もう一度、我々市民の手に、見る人も参加する人もみんなが一緒になって楽しめる「お祭り」を取り戻す時が来たのです。

 市役所の皆さんのご協力もいただき、実行委員会組織も立ち上げて、2002年9月、第1回の高知街ラ・ラ・ラ音楽祭を開催しました。市内中心部5会場に、48のバンドが出演、これはいけるぞ!という感触をつかみました。

 2003年9月には2回目を開催、7会場83バンド出演で、堀田さんや我々が理想としていた「街に音楽が溢れ出す!」という雰囲気が見事に醸し出され、街の皆さんからも「今年もラララの季節が来たねえ」という声を掛けていただいて感激しました。

 このお祭りの良さは、とにかく「楽しい」ことに尽きますね。実行委員会は日に日に膨らんでいきますが、その楽しさは言語に絶するものがあります。よくもまあこれ程楽しめるもんぢゃ!と思う程のものすごい実行委員会です。一度ハマったらやめられません。

 やはり、運営している側が楽しくなければお祭りも楽しいはずがないので、これは素晴らしいことだと自負しております。今年6月、堀田さんが急逝されました。お通夜の日、予定通り実行委員会が開かれ、ここまで創り上げて来たお祭りを、堀田さんの想いを、理想のカタチに仕上げていくのが我々の責務であることを確認し、こんなすばらしいオモチャを我々に残してくれた堀田さんに心より感謝しました。

 そして今年9月19日、100近いバンドが8会場に出演して第3回高知街ラ・ラ・ラ音楽祭が開催されます。定禅寺ではないですが、そろそろこのお祭りも大化けしそうな気配です。
  


     高知街ラ・ラ・ラ音楽祭実行委員長 吉澤 文治郎



主 催: 高知街ラ・ラ・ラ音楽祭2004実行委員会 
共 催: コミュニティ高知街
協 力: こうち元気者交流会・NPO法人高知龍馬の会