スペシャルゲスト

城戸健次郎(ex-JAPAHARINET)
http://kenjirou.i-yoblog.com/

1981/2/9 (26歳)
O型 水瓶座 172cm/58kg
福岡県北九州市出身
高校時代は体操部所属



本人曰く“バンドはスポーツ”
健次郎は得意の熱いしゃべりを含めた独特のキャラクターで、10代から20代の若者を始め、
上は40代50代と非常に幅広い層にまで支持されています。
現在もラジオDJのレギュラー番組をいくつか持っています。
歌えて、しゃべれるキャラクターを生かし、ポスト“トータス松本”を狙っていきたいと考えております。

1999 じゃぱはりねっとをBa鹿島が中心となり結成。
2000 某プロモーション主催のオーディションに出演し、準グランプリ獲得。
2001 3月1stデモテープ “じゃぱはりねっと”を発売し500本即完売する。
6月NHK“てれごじ”に出演。 『ごじライブ』という視聴者の投票によって勝敗を決める、
バンド対抗のコーナーで、初代チャンプになる。

これをきっかけに大きな話題を呼び、
11 月の松山大学学園祭で2DAYSライブを行い、800人を超えパニックになる。
2002 10月インディーズ1stアルバム “満ちて来たる日々”をリリース。
1ヶ月半で1万枚を突破!

2003 1月1stマキシシングル ”物憂げ世情”をリリース。
   5月セカンドマキシシングル “烈の瞬き”をリリース。
   オリコン総合チャート26位、インディーズチャート1位を獲得。また、日本テレビ系アニメ
   “エアーマスター”のオープニングテーマとなる。

2004 1/24“哀愁交差点”でトイズファクトリーからメジャーデビューを果たす。オリコン総合10位。
   メジャーデビューしたことによりインディーズアルバム“満ちて来たる日々”が14万枚突破!
   “哀愁交差点”も14万枚を突破!

   テレビ朝日系“ミュージックステーション”出演。NHK “POP JAM”出演。
   9/8 メジャー2ndマキシシングル“遥かなる日々”リリース。
2005 4/20メジャー2ndアルバム“東京ウォール”をリリース。オリコン総合初登場8位。
12/21 メジャー4thマキシシングル“金色の螺旋”をリリース。



テレビ朝日系“ミュージックステーション”出演。NHK “POP JAM”出演。
夏フェス“MONSTER baSH2005”にてトリを努める。
2006 7/26メジャー3rdアルバム“回帰線”をリリース。
6/28メジャー5TH”星霜のさくら“をリリース。

2007 8/8メジャー4thアルバム“夢色ロジック”をリリース。
4/18メジャー6thマキシシングル“INDER SONG”をリリース/
4月にバンド解散発表。

5月よりジャパハリネットとしてのラストツアー約20カ所はほぼソールドアウトになり、
まだ解散を信じないファンが全国で多く詰めかけた。
   10 月を持って8年間の活動に終止符を打つ。
2007 12月ベストアルバム、DVDリリース。

2008 1/232枚組ライブDVD “念ずれば花開く、百花撩乱”をリリース。
これを持ってジャパハリネットの幕は降ろされた。
今までに発売したタイトルはトータルで60万枚にも及ぶセールスを記録している。

今後の展開として一人のギターアコースティック弾き語りやピアノなどを入れてのライブ、
ロック編成によるバンドスタイルなど、型にとらわれない幅広いスタイルで
音楽を表現していきたいと考えております。
また音楽以外でも得意な熱いしゃべりと熱いキャラクターを生かした事にも多くチャレンジして
いきたいと思っております。
 
   

上田 正樹 Masaki Ueta
http://masakiueda.syncl.jp/



1974年、伝説のスーパーバンド「上田正樹とサウス・トゥ・サウス」を結成し、当時のバンドブームの頂点に立つ。その後ソロとなりソウルフルなヴォーカルと独特なステージで根強いファンを獲得すると共に、コンスタントにアルバムを発表する。

年間実に多くのステージをこなす一方で、BB KING、ジュニアウェルズ、クルセイダーズといった世界的に有名なアーティストとの競演も果たしており、現在の日本の音楽業界においてワン・アンド・オンリーのポジションに立ち続けている。

最近は「同じ情緒を共有できる」アジアの様々なトップ・アーティスト達とコラボレーションしており、インドネシア、マレーシアでヒット・チャート1位を獲得するなどインターナショナルなアルバム・セールスでも注目される、唯一の日本人シンガーである。

1974年:伝説のスーパーバンド「上田正樹とサウス・トゥ・サウス」を結成。
1975年:有山淳司とのジョイント・アルバム『ぼちぼちいこか』発表。
1976年:奈良公演ライヴを最後に「上田正樹とサウス・トゥ・サウス」を解散。
1977年:初ソロ・アルバム『上田正樹』発表。ソロ・シンガーとして出発。

1980年:“STUFF”とセッションした4曲入のアルバム限定発売。
1981年:CBSソニーへ移籍。アルバム『Jealous Night』発表。
1983年:シングル『悲しい色やね』が関西地区の有線放送からヒットする。
シングル・チャート1位になる。

1984年:ジャマイカからスライ&ロビーを招き、アルバム『抱きしめたい』を 収録し、6月に発表。
1987年:3年ぶりの全国41ヶ所コンサート・ツアー。
1988年:「悲しい色やね」が森田芳光監督により、映画化される。
  9月にシングル『ミッドナイトトランスファー』がNHK銀河ドラマの主題歌になる。
1989年:松竹映画“せんせい”の主題歌『望郷』発表。

1990年:中野サンプラザでB.B KINGと共演。
12月にB.B KINGとのライヴ・アルバム『B.B KING&His Son』発表。
     また東京ドーム“ジョン・レノン誕生50周年記念コンサート”出演。
(同出演:マイルス・デイヴィス、ナタリー・コール他)
1991年:4月に日本航空CM出演。

9月にNHKドラマ“近松青春日記”テーマ曲CDシングル『ずっと遠くで』発表。
1992年:アルバム『Real Groove』発表。シングル『わがまま』が朝日放送ドラマのテーマ曲になり、ヒット。
1994年:シングル『It’s Allright』が“NTT Docomo”(関西)CM曲でON AIR。

1998年:大阪ブルーノートでオーティス・レディングに捧げたトリビュート・コンサート3daysを行う。
1999年9月:『Hands Of Time』が視聴率30%の韓国の人気ドラマ“GHOST”の主題歌になる。その曲を収録したサウンド・トラック・アルバムが韓国で発売され、30万枚のヒットとなる。

2000年5月:インドネシアのR&Bシンガー、REZAとのデュエット曲をインドネシアでリリース。
  7月:REZAとのデュエット曲『Forever Peace』がインドネシア、マレーシアでヒット。15週間連続
ヒット・チャート1位を獲得。

2001年5月:日比谷野音で行われたブルースカーニバルにオーティス・ラッシュ等と共に出演。
9月:上田正樹が解釈するブルース・アルバム『No More Blues』発表。
10月:NHK BS“わが心の旅”の収録のため西アフリカに行く。現地のカリスマ・ヒップ・ホップ・グループとレコーディングする。

2002年5月:BLACK BOTTOM BRASS BANDとのコラボレーション・アルバム『Spiral』を発表。
2003年1月:Yebisビール(by Sapporoビール)のCMに上田正樹がアカペラで歌う“第3の男”のテーマが起用される。1月1日より全国でオン・エア。

2004年:音楽制作を生活の中心に据えるために、神奈川県三浦市三崎に拠点を移し、且つ地域に根ざした活動を行う。その活動が認められ三浦市のもてなし大使に任命される。音楽とともにそのライフスタイルが注目され、日経マネー、NHK『おしゃれ工房』、テレビ東京系列『住まいの極意』等テレビ、雑誌に数多く取り上げられる。


 






主 催: 高知街ラ・ラ・ラ音楽祭2008実行委員会 
協 力: こうち元気者交流会・NPO法人高知龍馬の会